~平成20(2008)年度・ダイジェスト版~


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平成20年4月10日発行・第311号  

新しい学校評価制度について                                                    長 前

 学校及び設置者等が学校運営の改善を図るために、学校の教育活動その他の学校運営の状況について評価を行うことを「学校評価」といいます。これまで本校でも自己評価を実施し、学校運営の改善に努めてきました。教育活動等の成果を検証し、必要な支援、改善を行うことにより、児童がよりよい教育活動を享受できるよう学校運営の改善と発展をめざしてきました。

  また本校の教育活動にかかわる保護者アンケート調査を実施し、それを集計・分析し、学校運営の改善に役立てる一方、保護者の皆様にもお返ししてきました。それでも全国的には実施内容が不十分で、評価結果の公表が進んでいない等の課題もあったということです。

  そのような状況下、今年度よりこの学校評価の実施と公表が義務化されることになりました。

  学校評価には次の3種類があります。
① 教職員による評価(自己評価)
② 学校関係者評価(保護者・地域住民による評価)
  第三者評価(当事者・関係者でない者による評価)
   ①と②を学校関係者評価とよび、今回義務化されるのはこの①と②です。 
 学校教育法施行規則の規定はつぎのとおりです。

 第50条 
  小学校は、当該小学校の教育活動その他の学校運営の状況について、自ら評価を行い、その結果を公表するものとする。
  2 前項の評価を行うに当たっては、小学校はその実情に応じ、適切な項目を設定して行うものとする。
  第50条の2
  小学校は、前条第1項の規定による評価の結果を踏まえた当該小学校の児童の保護者その他の当該小学校の関係者(当該小学校の職員を除く)による評価を行い、その結果を公表するように努めるものとする。
  第50条の3
 小学校は、第50条第1項の規定による評価の結果及び前条の規定により評価を行った場合はその結果を、当該小学校の設置者に報告するものとする。

  自己評価については、校内学校評価委員会を設置して、評価項目の見直しを行い 、新しい評価様式を作成すること。また公表の方法・回数・時期等を検討することにしています。
  学校関係者評価については、学校評議員にご協力をいただくことになっています。これについても評価項目を検討し、評価様式を定め評価を実施することにしています。なお従来の保護者アンケートは評価項目を再検討して、継続実施することで話がついております。
  これまで、PTA総会のおりに学校経営の方針と努力点についてふれてきましたが、時間的な制約もあり十分に説明ができていないところがありましたので、周知徹底のための工夫もして行きたいと考えております。


 ■  春の全国交通安全運動について
 毎年、新学年のスタートにあわせるように実施されています。今年は4月6日から15日までです。  五反田地区の道路工事が用地買収の関係で、中断していましたが、近々工事に入り、夏休み前までには完成するようです。また五反田橋の架け替えも同じ頃に終わる模様です。荻方面から通学する児童には、長期間迂回路を通るなど影響が及んでいます。カーブの続く迂回路での徐行運転など、車の運転者には十分気をつけてほしいと願っています。それでも先が見えてきましたので、しばらく不便ではありますが、歩行者、運転者双方が十分に気をつけ、絶対に事故の起きないようにお願いをいたします。  スクールガードの皆様には、昨年同様ご協力をいただくことになっておりますので、児童・保護者・学校職員ともども、あいさつをしっかりし、感謝の気持ちで通行したいものと思っています。


■ 入学おめでとうございます。
 本年度は12名の新入生を迎えました。保護者に手を引かれ,やや緊張気味の新入生でしたが,しっかりと式に参加することができました。お預かりした児童を優しさと厳しさをもって,大切に指導して参ります。どうぞよろしくお願いいたします。
 本年度も式に日置市長様をはじめ,市教育委員会,地域の皆様方の御臨席をいただきました。ありがとうございました。また,新入生の出身幼稚園や保育園の皆様方からも,心温まる御祝辞をいただきました。卒園した園名を聞く新入生の笑顔が印象的でした。ありがとうございました。

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平成20年5月8日発行・第312号 

上市来「木の花」歳時記‐春編                                           長 前

  小学生の頃から野生植物の花が織りなす風景はごく自然に目に入ってきて、記憶にとどめていてました。しかしそれを特に美しいと思ったことはありませんでした。牧園町に勤務のころ、細々とつないでいた植物への興味が一気に嵩じて、植物図鑑が手垢に染まるほどになりました。

  今、郷土の自然が四季折々に見せてくれる花々を素直に美しいと感じます。その花々を、木の花に限定して紹介してみたいと思います。

  ハヤトミツバツツジは鹿児島県特産の野生ツツジです。それも県内全域に自生するのではなく、特定の地域に偏在しています。養母区では、高山の町境の険しい崖にありました。高山の民家の庭先にはその証拠に4月上旬鮮やかにピンクの花が咲きそろいます。地域によって花の時期にずれがあり、蒲生の山間部では2月の初めから咲き始めるものがあります。数多い日本の野生ツツジのさきがけです。現在では自生種を見つけることは極めて困難になっています。

  キブシも春の目覚めの早い植物です。花の時期がおわると、この木がどこにあめるのかわからないようになるほど特徴のない木です。でも花の時期だけは別でまだ目覚めない道路端の藪に葉の出る前に花を咲かせますから、少し気をつけるとすぐに目に入ります。花の咲いた様子がかんざしに似ているので、かんざしのような花と説明していますが、キブシの花をこんなに表現してあったのをほかにも見つけた時は、大変うれしく思いました。

  ハクサンボクはありふれた白い花で、たくさんの小さな花が寄り集まって一つの大きな花に見せます。この植物は秋にもう一度その存在を赤く熟れた実によって示します。花の時期より晩秋の赤い実の時期が私は好きで、大きな枝ごと室内に持ち込み飾っては楽しんでいます。この植物によく似たものにガマズミがあります。しかし花の時期が一月ほどおくれますので、それが見分けの一つになるでしょう。

  ヤマザクラは花と一緒に赤味を帯びた葉がでるのが特徴です。県内の野生のサクラはこのヤマザクラと伊佐・姶良北部で見られるエドヒガンの2種類のみです。牧園町の高千穂では4月の終わりにこのサクラが咲いています。花の時期が1月も遅いので別の種ではないかと思われますが、まぎれもなくヤマザクラだそうです。びっくりします。この近辺でのヤマザクラの名所は市来の重信川左岸の照葉樹林だと思っています。その奥がソメイヨシノの名所の観音池です。春先の照葉樹の緑をヤマザクラの白い花で美しく彩っています。サクラは日が当たらなくなると枯れてしまいますから、周囲の木におぼれてしまわないように精一杯伸びようとしているサクラの健気な姿に心をうたれます。

  ハクサンボクのあとに道路端のそで群落を彩るのはマルバウツギの白い花です。これもごくありふれた顔なじみです。これによく似た花がウツギ(ウノハナ)ですが、こちらは花の時期が6月ごろで、マルバウツギよりも大型で華やかです。

  バラの原種を思わせる花にノイバラがあります。ツル植物であるこの植物は木にからまったり、土手から垂れ下がったりしたツルに純白の小さな花をいっぱいつけ楽しませてくれます。姶良郡の北部に行けば、ほんのり紅のさしたツクシサクラバラが見られます。またもう少し時期がずれてテリハノイバラというノイバラによく似た植物も咲き始めます。

  近頃、史跡めぐりやバードウォッチングなどの学習はよくなされていますが、自然観察、なかでも野生植物の学習の機会は少なく、大変寂しく思っています。野にあっても美しいものは鑑賞の対象となり、運が悪いと乱掘され絶滅に瀕するという事態も進行しています。じっとしていて動かない植物は、なかなか興味を持ってもらえないようですが、私たちは郷土の植物についてもっとよく勉強し、後世にそのままそっくり受け渡せたらと思っています。(触れられなかった木の花 ヤマフジ、ヤマツツジ、カナメモチ、キリ、コガクウツギ、センダン)

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平成20年6月8日発行・第313号 

 水 を 引 く                                                    長 前

 5年生の社会科では、「私たちの生活と食料生産」という単元で山形県の庄内平野をとりあげ、「米作り」の学習をします。教科書には用水路について次のように記述してあります。

  今から400年ほど前(庄内平野の場合)から、人々は川の流れを変えたり用水路を掘るなどして水田を開発してきました。しかし広い平野全体に必要なだけの水を送り続けるためには、大変な苦労と工夫が必要でした。(新編新しい社会 5上 東京書籍)

 上市来でも田植えの季節が到来し、用水路の整備がなされて水が流れはじめ、田んぼが急に活気づいてきました。この用水路についての鮮烈な記憶がいくつかあります。

  一つは筑後川から取水した福岡県の堀川用水に回っている朝倉の二連水車、三連水車です。用水路から田んぼに水を汲み上げるための水車で、用水路のあちこちに設置されています。知人に誘われて見学に行き、その知恵に感動しました。かなりの歴史があるものと思いますが、今も現役で動いています。圧巻はその堀川用水の取水口になっている山田堰です。畳一畳もある大石を、川幅いっぱいに敷き詰め積み上げた総石張りの斜堰で、川に対して直角に築かず、斜めに三角状に築いたゆるやかな堰です。江戸時代に作られ現在なお当時の姿そのままにあります。

 もう一つは熊本県の旧矢部町の谷にかかる通潤橋です。学生時代に地理学の講義でその存在を知りました。後日その橋を訪ねる機会があったのですが、聞きしに勝る壮大な建造物でした。このアーチ式の石橋の中を、台地を潤す水が流れていることをこの目で確かめ、その知恵と技術に驚嘆しました。

  旧吉田町には小野田用水という遠大な用水路が走っています。西佐多浦の思川で取水した水は、町内の田んぼを潤しながら町中を通り抜け、トンネルをくぐって姶良町の田んぼまで達しています。今はコンクリートの蓋をされて、人目にはなかなかつきませんが。

  稲作が中心の我が国の農業では、農業用水確保のための用水路は言わば農家の命綱みたいなもので、用水路と直結している井堰についても同じことが言えます。上述の用水路・井堰は、技術と規模の大きさが特に優れているために、世間の注目を集めるところとなっていますが、上市来を流れる用水路とそれにつながる井堰とて、果たして来た役目に遜色はありません。ともすると史跡や遺跡には注目し意義を認めていますが、今も現役で働いている井堰や用水路については 十分に評価していないのではないでしょうか。用水路と井堰には先人の願いと知恵と汗がこめられており、気の遠くなるような歴史も秘めています。 

 用水路にはいくつもの思い出があります。満々と水をたたえて流れる用水路にはたくさんの魚影を見ました。そこで魚取りにも興じました。水遊びや洗濯の風景もありました。学校帰り背をかがめて水の中をのぞいていたら、どういうわけだったのか逆さまに用水路に転落し、ずぶ濡れになった苦い記憶もよみがえります。川が増水した日、用水路から田んぼに入り込んだフナをつかまえることに興じていた仲間もいました。秋、水をとめられた用水路に、魚が逃げ場を失い白い腹を見せていたこともありました。このように一昔前までは、用水路も私たちの生活に身近な存在でした。今、蛍の名所になっている蒲生の用水路もありますが、極めて稀なケースで、多くはコンクリート蓋をされかくれてしまいました。

 尾木場には水を確保する川がないために、ため池をいくつもつくって稲作をしていますし、伊作田用水には川の上を渡っている用水路もあります。その橋をての橋(樋の橋)と読んでいます。財部にはサイホンの原理を利用した用水路もあります。米作りへの先人の強い思いを感じます。

  これらは農耕文化そのものです。ですから、上市来にある用水路と井堰をしっかり学習し、用水路と井堰について知ることは大切です。

 用水路について学習しているはずの子どもたちですが、ある時「先生、用水路って何」と聞き返され、唖然としたことがありました。用水路がわたしたちの生活から少し遠のいた今、ご家庭でも用水路や井堰について話題にしたり、用水路巡りをしたりしてみてください。

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平成20年7月8日発行・第314号 

つなぐ・伝える                                                    長 前

 今年はキキョウの花がたくさん咲きました。紫がキキョウの普通の花の色ですが、まれに淡い紫や白も出現します。花は長持ちはしませんが、次々に花を咲かせることで、かなりの期間、花を楽しむことができます。咲き終えた花は白っぽく変色してしぼみ、このあと子房が膨らみ種子がつくられます。このキキョウの種子は翌年播くとよく発芽し、どんどん増やすことができます。親株も地上部は枯れても、翌年はさらに充実した株となってたくさんの花を咲かせます。自然のままにまかせると草丈が高くなりすぎ風や雨に弱いので、新芽が15cmほどに伸びたら摘芯をします。そうすることによってたくさんの脇芽を出させ、さらにたくさんの花を楽しむことができます。

  20年ほど前、栗野町(現湧水町)の学校に赴任したころ、町内を案内したイラストマップにキキョウの自生地が書き込まれていました。私はそのことに驚きを覚え、栗野・吉松の草原をキキョウ探して歩き回りましたが、ついに1株も見つけることができませんでした。同じ頃県立博物館の学芸主事が町内で一株だけ見つけたことを聞きました。確かにごく普通の野草としてこのあたりの野原にあったのでしょう。その証拠に校区内の民家の庭先にキキョウの大きな株をよく見たものです。当時はこの植物の生態にほとんど無知であったことも影響して見過ごしもあったと思います。

 キキョウは昔から秋の七草として親しまれています。キキョウは日当たりのよい草原が住みかです。生活様式の変化に伴い周りの風景がすっかり変わり、草原が失われ、森林になってしまいました。光が当たらないとキキョウは生育できません。またその美しさゆえ、乱獲されたというのもあると思います。このようにしてキキョウは郷土の自然から姿を消していったものと思われます。                 花の時期ですが植物図鑑には7~8月と書いてあります。しかし鹿児島では6月の半ばから咲きます。とても秋の植物とは思えませんが、東京を中心に考えるとそうなるのかもしれません。

  キキョウを秋に咲かせる方法があります。前年からの株の場合、6月から7月の花の時期が終わったら、種子を残さないように思い切って切戻しをすることです。残したはずの子孫(種子)をすべて奪われた親株はびっくりして、再度子孫を残す活動を始めるのです。こうしてもう一度花を咲かせ、子孫を残すために頑張るのです。こういう姿についてよく考えてみると、植物の一生というものは、つなぎ・伝えるためにあるように思えてくるのです。次代に命をつなぎ、同じ姿を伝える。このことこそ生命体の重要な役割に思えてくるのです。

  教育も本来、子ども一人一人の人生のためにあると同時に、私たちが次の世代に伝えなくてはならないことを、受け渡す場であったはずだと指摘された方がありました。輝かしい進歩に目がくらんだ私たちは、教育が「伝える場」、「手渡す」場でもあることを忘れ、子どもたち自身がより幸せな人生を獲得することばかりを願うようになってしまいました。「なんのために勉強しなくてはいけないかのか。」という子どもたちの問いに、多くの大人は「誰のためでもない、おまえ自身のためだ。」と答えるでしょう。子どもたちにしてみれば「自分のためなんだったら、いやなことはやめておこう。」と考えたくもなるというものです。でも誰もが何かを「受け継ぐこと」、そしていつかはそれを「手渡す」ことがわたしたちの社会にとってどれほど大切であるか実感できれば、今学ぶことに無意味を感じている子どもたちも少しは意欲を取り戻してくれるのではないでしょうか。(この段 「読む力は生きる力」から引用)

  新しい指導要領では小学校の国語の学習内容に、ことわざ、故事成句、伝説、古文・漢文など古典に関する指導を充実することが加えられています。これはいうまでも大切なことを後世に受け継ぐ活動にほかなりません。日本を再生するためには、古典に立ち返り、日本の伝統を体得することが実は、一番の早道だという意味をも含んでいるのではないでしょうか。

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平成20年8月5日発行・第315号 

家庭を築く                                                    長 前    

  ホテル家族という言葉が流布してもうかなりの時が経過しました。一緒に生活しているはずの家族が、それぞれ自分の考えだけで動き、食事だけは家で食べるとしても同じ時間に食卓を囲むことがない。たとえ一緒に食べる時があったにせよ、食べるものは家族ばらばら。そこでとどまるならまだしも、食事さえも外ですませ、結局家族一緒に過ごすのは寝る時間だけ。これが宿泊がその主機能たるホテルになぞらえてホテル家族と呼ぶ所以です。

  古来、学生時代の寮生活など、同じ屋根の下で過ごした仲というものは特別な関係を意味し、特に強い絆で結ばれた人間関係をさすものでした。家族とはこれを運命づけられた集団であり、当然ながら堅い絆でむすばれた好ましい集団のはずでした。近年学校教育もこの価値を認め宿泊学習なるものを計画実施しています。ところが家族が寝静まってから、あるいは家族の知らぬ間の就寝時間帯にこっそり家を抜け出し、深夜に事故を起こしている事例をたくさん見聞きし、心をいためています。この家庭はどうなっているのだろうかと。

  昼間、外で活動してきた家族は、団欒の場として夜は家族一緒に過ごすべきものだと思います。昼間仕事に出て子どもに接する時間がとれないとすれば、夜こそは子どもにしっかりと寄り添ってやりたい。子どもにたっぷりと声かけし、子どもの話にもしっかり耳を傾け、真剣に対応してほしいと願っています。否、昼間子供と接する時間がないならば、せめて夜だけはしっかりと家庭にいて、子どもと接すべきです。なぜならば、家庭の目標は「子どもをしっかり育てること」に他ならないからです。

 私たちの生活は、普通子どもの学校生活でも大人の職場でも、8時すぎには始動します。今日もいい仕事をしたい、今日も学校でしっかり勉強したいと思えば、家族の起床時刻は、重要な意味を持ちます。建築現場を任された私の知人は、みんなにしっかり仕事をしてもらうには、朝の段取りが大切で、だから朝は早く職場に向かって仕込みをすると語っていました。その話を聞いて大いに感動した記憶はいつまでも失われません。要するに家庭は早起きが基本だということです。早起きをして家族そろって食事をすることです。その食事はみな同じものを食べるべきものとこころえます。みんなで食事をしながら、その日のそれぞれの計画を語りましょう。だれか一人だけ出かけるのが早いとしても、その人に合わせて家族一緒の朝ごはんにしてほしいものです。

 我が家では県外で生活している娘二人が帰省した折には、私たち二人の生活に合わせた生活をもとめます。朝も朝食作りから協力してもらい、一緒に朝食を食べますし、夕食も夕食作りから手伝わせ、一緒に食べます。これが我が家のしきたりです。食事の時はテレビは消します。一緒におしゃべりをしながら食べます。これは新しい家庭を始めたときからの我が家の基本的なルールです。口数の少ない私は、食べることをもっぱらとし、誰よりも早く食事が終わるのですが、そうするときまって「よくかんで食べて。」といわれます。よくかんで食べることは私たちの体にとってとても大事な役目を果たすことがわかっていても、なかなかなおせないでいます

  朝・夕の食事は、私の毎日の一番の楽しみです。家族そろってといっても、いつもは二人だけの食卓ですが、食事がおいしく食べられたときの心の充足感は何ものにも変えがたいものです。病気の治療で、健康体なら素晴らしいご馳走であるはずの毎度の食事がまったく食べられなかったり、塩辛さ以外のすべての味覚を一時期失ったりした経験が、ことさら食事をおいしく食べられたときの至福を増幅してくれるのかもしれません。

  同じ釜の飯を食べた仲」とは一緒に生活をして苦楽を分かち合った親しい人間関係をさす言葉。家族なら当たり前のこのことが、必ずしもこれが真実でなくなったことを大いに反省し、人もうらやむよい家庭作りに心がけてみませんか。

  書き忘れましたが、家庭にはリーダーが必要です。家族がばらばらに動かないために。早起きの家庭を築くためには、早く休む家庭作りも大事なことは言うまでもありません。

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平成20年9月5日発行・第316号 

正しくきれいな文字を書くために                                          長 前    
  本校では、国語科の年間行事の一つとして南日本硬筆展に全校一斉に取り組んでいます。この硬筆展は南日本書道会が主催し、今年で第45回となる歴史のあるコンクールです。「文字を正しく美しく整えて、そして速く書く」という日常の基本的な硬筆書写の啓発、そして学校教育における国語書写教育の充実発展を側面から助成するという趣旨で開催されています。
  夏休みの終わりにコンクールの結果の連絡があり、本校からは優秀賞3点、推薦8点が入選しました。これらの作品は9月18日()~21日()から鹿児島市の黎明館に展示されます。この機会に是非会場に行っていただき、特別入賞作品以下優秀作品の素晴らしい書写力を鑑賞してほしいと思います。このことがきっかけで、子どもたちの美しい文字への目覚めがあればありがたいです。

  審査の要点項目は次のような所にあります。
  (1)  書くときのスピード感、筆圧は適当か。
  (2)  毛筆のような書き方になっていないか。
  (3)  はじめから終わりまで線の太さや濃さは適切か。
  (4)  美しい字形で、しかも整っているか。
  (5)  ますの中心、行の中心に書いてあるか。
  (6)  ますめや行に対しての文字の大きさは適切か。
  (7)  行頭や行末はそろっているか。
  (8)  漢字と仮名の調和はよいか。
  (9) 全体の気脈が一貫して読みやすい文章になっているか。  
以上のことは単にコンクールの審査の観点としてではなく、日常の硬筆書写の規準として記憶にとどめておいて役に立つことです。        
  一方、審査員の評として学年ごとに箇条書きにまとめたもので印象に残ったものを列記してみます
  (1)  鉛筆の色が薄くて、弱々しい漢字の作品が多かった。5
  (2)  筆圧が強すぎるもの、弱いもの様々だが全体的には弱い。6
  (3)  鉛筆の芯のつぶし方、芯の太さにもっと気を配ってほしい。 6
  (4)  中心をしっかりとる練習をしてほしい。6
などでした。

 日頃子どもたちのノートを見て、きれいな文字に出会うことが少なくなったことを感じます。教職について初めて指導したころとは、少し様子が違うような気がします。その原因はなんといっても鉛筆の持ち方です。当時も左手で書く子どもがいて右手で書くように指導していましたが、それがすんなり受け入れてもらえていたのです。ところが考え方の多様化で指導が難しくなってきました。私が右手で書いた方がよいという最大の根拠は、右手で書くことによって作り出された漢字、仮名であるということです。右手によって作り出された文字は右手で書くべきです。さらに問題なのは右手左手のことよりも次に指摘するような持ち方にかかわることです。

  ある大学教授の話によりますと、担当の授業で筆記用具を正しく持たずに書いている学生が半数近くいるといっています。そのような学生の書いた文章は確実に読み手をがっかりさせるのです。それは書かれた内容ではなくて、書かれた文字が汚く、読みづらいからです。
 どのような持ち方であれ、文字として書ければよいと言う考え方もあるでしょう。しかしきれいな文字を書きたい、字が上手に書けるようになりたいという願いを持った人が大半だと信じます。初任時代の先輩女教師が「私は、字をきれいに書きたいと思ったことは一度もない。」と話したことを鮮明に覚えているのは、その先輩教師の書く字が、確かにきれいではなかったからでした。文字を美しく書きたいと思う気持ちは、文字を美しく書ける必須の条件だと思います。そして次に大事なのが筆記用具の持ち方です。スポーツではフォームが非常に大事にされます。フォームが崩れると成績が落ち、ファームに行ってフォームの矯正をするということはよく耳にすることです。美しい文字を書くために、鉛筆の持ち方は重要な意味を持っています。今更正しい鉛筆の握り方など説明しませんが、各学年の書写の教科書を開いて確認し、ご家庭でも是非子どもたちへの声かけをよろしくお願いします。
  正しく筆記用具を持ち、正しく美しい文字を書くということも、日本文化の正しい継承になるのです。                                             

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平成20年10月5日発行・第317号 

彼岸花余話                                                         長 前

 うすづける 彼岸秋陽に狐花 赤々染まれり ここはどこの道 (作者不詳)  
 曼珠沙華 ひとむら燃えて秋陽つよし そこ過ぎている 静かなる径 (木下利玄)

  どちらも彼岸花を詠んだ短歌で、狐花、曼珠沙華はいずれも彼岸花の異名です。「うすづく」とは夕日が山の端にかかっている状態をさします。
  1首目は、真っ赤に燃えるように咲いた彼岸花にさらに真っ赤な夕日も加わって、今いる径もどこの径だったか一瞬失念して、此岸ではない彼岸の世界にいるような錯覚におちいった気持ちを詠んでいます、これはおそらく狐につままれたのだという気持ちでの狐花ではないかと思います。
  2首目は、ひとかたまりの彼岸花が燃え立つような赤さで咲いて、そこに秋の太陽の強い光が強く照らしている。その花のそばを一筋の細い径がひっそりと続いている。彼岸花の燃えさかるような赤さと、ひっそりとした小径を巧みに対比させています。
  あの燃えるような美しさは今はもうどこに見ることができませんが、今年も彼岸花が上市来の田園風景を鮮やかに彩ってくれました。

  小学校の校門下からハイツに登る道路沿いの左側斜面。校門下経由で通用門から学校に来られた方は、きっと目に止まったはずの体育館下の斜面の彼岸花。昭和62年6月27日上市来校区老人クラブ移植という、色あせた立て札が立っており、もう20年以上の歳月が経過していますが、往時の方々の学校に寄せる思いを偲びながら、つかの間の彼岸花の盛りを楽しみました。彼岸花を楽しむには少々準備がいります。夏休みの終わりの頃に草刈りをしておくことが必要です。今年は三共地区の方々にご奉仕をいただいて草刈りをしていただきました。草薮の中の彼岸花より、きれいに草を刈られた跡に咲く彼岸花は一層輝きを増す感じです。もともと人手の加わった花ですし、そういうやり方で楽しむ方がよいのではないでしょうか。
 荻前田橋から井手之段橋の間の、大里川の両岸に開けた荻の美しい広田。その田の畦をまばゆいほどに咲きそろった彼岸花。ここも夏の終わりに田の畦の草刈りがしてあって、彼岸花の美しさを引き立てていました。ここの彼岸花の群落は、規模も大きく、散歩しながらだと、小1時間ほど楽しむことができます。支流の立和名川をさかのぼれば四角目橋のあたりまで、彼岸花の群落が続いています。                    

でもなぜ、田の畦にこんなに彼岸花をたくさん見ることができるのか。それには少々わけがあるようです。以下、民生委員の荻敬さんから聞いた話です。
   
 
 田の畦に穴を掘る小動物を避けるために、有毒な球根をもつ彼岸花を植え込んだようです。もちろん田んぼの水漏れをふせぐためです。また、この彼岸花は墓地にも多く見られますが、これは虫除け及び土葬後、死体が動物によって掘り荒らされるのを防ぐため、植えられたもののようです。ただしモグラは肉食のため、彼岸花に無縁という考えもありますが、えさのミミズが彼岸花を嫌って土中にすまない。そのためにこの草の近くにはモグラが来ないとも言っています。なるほどと納得しました。


  それにつけても彼岸花は不思議な植物です。葉っぱ一枚もつけないで、球根の栄養だけを使って(使い切って)、燃えるような花を咲かせて姿を消してしまう彼岸花は、このあとどうして生き延びていくのだろうかということです。 高学年になると、葉っぱでできたデンプンを根や実に蓄えて、次の代に命をつなぐことを学習します。では彼岸花はどうして、命をつなぎますか。
  否、彼岸花も葉っぱをつけます。彼岸花は花の終わった後、地表からロゼット状の葉を出します。冬枯れの田の畦や土手を探すと、みずみずしい緑の葉っぱのかたまりを簡単に見つけることができます。春になったら枯れてしまいますが、冬の間にたっぷりとその葉で作ったデンプンを球根に送り込んでいるわけです。長い間私は、冬の間の細長くみすみずしい、地表から盛り上がったこの葉っぱが彼岸花の葉だとは気が付きませんでした。彼岸花の咲いたあたりに印をつけておいて、秋から冬にかけての彼岸花の葉をしっかり観察して見てください。
  初秋の田の畦や道端を彩る彼岸花は、今では里山のなくてはならない風景として息づいています

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平成20年11月5日発行・第318号 

47都道府県は「社会科の九九」           長 前

 教職に就いて以来、県内10箇所に居住してきました。どの土地でも住み始めた当初は見る物聞く物みな新鮮で、そんな生活を楽しんできました。

 あわただしい引っ越し作業のさなかに、私が必ず買い求めたものがあります。それは新任地が書き込まれている国土地理院発行の25000分の1の「地形図」です。校区を流れている川や校区にそびえる山、集落名、大字名、道路事情、標高など、赴任する前に頭に入れておくわけです。そこに住み始めてからも、三角点などを読み取っては、現地に確認しに出かけたりします。前任校ではそうして確認した三角点を、遠足の折に子どもたちに探させたことがありました。

 旧牧園町勤務の頃は、野外活動が仕事の中心をなしていたために、この地形図をよく活用しました。25000分の1の地形図を何枚も貼り合わせて、飽きもせずよく眺めました。霧島連山の地形図を眺めていると、どの山が先にできて、後からどの山が噴火してできたということまで読み取れます。たとえば韓国岳より後に大浪の池ができたということが読み取れるのです。本当にこの地形図はすごい情報を秘蔵しています。  3年生になると子どもたちに地図帳が配布されます。他の教科書のように順を追って使用されるものではありませんので、あまり使われることもないままに過ぎてしまうこともあるのではないでしょうか。しかし地図帳は「毎日持ってくるものの一つ」としたいところです。それはどの教科であれ、日本国内はもちろんのこと、諸外国でも、地図で大まかな位置を確認した方がよいことが、しばしば出てくるからです。

  算数では2年生で九九を一生懸命に繰り返し学習し、定着すればその後の算数・数学にもよい結果を生みます。それと同じように、47都道府県の名前と位置は「社会科の九九」のようなものととらえたいものです。4年生以上を担任したときは、時間をかけて最低47都道府県の名前と、隣接する都道府県の位置関係を頭の中に入れてしまうように指導してもらいたいし、子どもたちは必ずこれをマスターしてもらいたいと考えています。これさえ頭に入れば社会科での学習はもちろんのこと、国内のニュース、身近に見聞きする都道府県に対して、大まかな場所のイメージができるのです。

  卒業生の中には4年生で都道府県を覚えることがきっかけで社会科が好きになり、中学校でも一番好きな教科で、今でもそれが続いているといったうれしい知らせをしてくれる子もいます。少々オーバーに言えば、日本で生活する限りにおいては、一生役に立つ大切な知識であるといっても言い過ぎではありません。

 新しくできた学習指導要領では、3・4年生の社会科の学習内容として、「47都道府県の名称と位置」が明記されています。そして学校では今5年生が、47都道府県の名称と位置をマスターすることに取り組んでいます。もうかなりすすんでいるようですが、是非全員そろって、頭に入れることができるようにがんばってほしいと思います。そしてこれを達成した暁には県庁所在地名を、次には近隣の国名をと、夢が広がっているようです。

  私は、ものごとを記憶するのに、県名や地名と結びつけるという方法もとっています。大変有効な方法だと思っています。それというのも地図をながめるのが好きで、使える地名がたくさんあるからだと思っています。

「旅に出たくなる地図 日本」「地図で訪ねる歴史の舞台 日本」(2冊とも帝国書院)もよく活用している地図です。


■ 鹿児島県広報テレビ番組の紹介
 11月6日
()に本校の5・6年児童と校区寿学級の皆様とのふれあい交流活動 (グランドゴルフや湯茶タイム等)の様子が,下の番組にて紹介されます。ぜひ,ご覧ください。
 ○ 番組名:MBC南日本放送 ふるさとかごしま「かごしまの教育」県民週間 
 ○ 放送予定日:11月22日() 午前11時15分~午前11時30分
 ○ 再放送:11月25日() 深夜1時35分~午前1時50分 
 ○ インターネット放送 11月23日
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■ 御協力,ありがとうございました。
 9月6日()に実施した第2回上市来小・中学校資源回収の益金が,次のとおりとなりました。小・中学校PTAで2等分し,PTA活動に使わせていただきます。
 ○ 一升瓶,ビール瓶等         34,012円
 ○ 段ボール新聞,雑誌,アルミ缶等   87,300円
 ○ 市補助金              59,602円
 ○ 合  計             180,914円 
 ※ 次回(1月10日土曜日)は,ペットボトルも集めます。ふたを取り,中をきれいに洗って出してください。また,アルミ缶とスチール缶は別々の袋に入れて出してください。


■ 見聞を広める(10月1日水曜日, 2日木曜日)
 台風で心配された修学旅行でしたが,児童の願いが通じて晴天のなかで実施されました。
 新幹線への乗車や熊本城・阿蘇の草千里の見学等,新しい発見も多かったことと思います。
 児童にとっても保護者の皆様にとっても1日離れて過ごし,互いの存在の大きさを感じるよい機会ともなったと思います。御家庭での家族の団らんはいかがだったでしょうか。


■ 力を合わせることの大切さを実感(10月7日火曜日~9日木曜日)
 5年生の宿泊学習が高山交流センターで3日間実施されました。
 食材の多くは,児童自らが学校農園で種から育てた野菜を使用しました。また,大切なタンパク源は近くの川で魚を釣り調達しました。
 薪での調理,そして味付け等に最初は戸惑いもあった児童ですが,朝・昼・夕食づくりを重ねるうちに自信を深めていったようです。また,友達と協力することの大切さも再認識する機会ともなりました。これからの学校生活に生かして欲しいと思います。


■ よい本に,何十冊出会ったかな? 
10月27日~11月7日まで校内読書旬間が実施されました。図書委員会が中心となり昼休みに,かるた大会やお話会を実施しました。また,11月5日()は保護者の方々にも参観してもらおうと特別校時を組み「全校おはなし会」を実施しました。エプロンシアターや大きな本の読み聞かせに,読書への関心がさらに高まったことでしよう。

 アイディア満載の図書委員会の皆さん,御苦労様でした。


■ 新しいことを習う喜びを(11月5日水曜日)
 授業参観への御参加,ありがとうございました。新しいことを知る喜び,できた喜びをみせる児童の姿はいかがだったでしょうか。
 学んだことを定着させるためには,家庭での復習が大変大切です。御家庭での学習の見届けをお願いいたします。


■ かなわない・・・。(11月6日木曜日)
 5・6年児童と寿学級の皆様とのグランドゴルフや湯茶タイムをとおしての交流会が実施されました。
 球技大好きの児童ですが,高齢者の皆様には歯が立たなかった様子で,スティックの持ち方からボールの打ち方等を伝授していただきました。
 当日は50名を超える参加をいただきました。御多忙の中,ありがとうございました。


■ 一人一人が輝く(11月9日日曜日)

 教科学習などの成果や発展的なものを取り入れた内容を児童と担任がアイディアを出し合って発表しました。笑いあり感動ありの素晴らしい学習発表会でした。140余名もの参観をいただきました。ありがとうございました。


■ お茶うがい用に大切に使わせてもらいます
 ○ 東製茶さんよりお茶の寄贈

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平成20年12月5日発行・第319号 

ふるさとの山 ふるさとの川                                  長 前  

 生家の前に、金峰山がそびえていました。南向きの家の縁側に立てば、いつでも山が仰げました。金峰山の東側山麓には、標高220mの台地に大坂(だいざか)校区があります。その北側の谷に、下流で万之瀬川と合流する堀川が流れ、その右岸(北側)の台地にある生家から真南に、金峰山は見えました。

  天気はいつも西側から崩れてきました。高倉山の斜面を雨雲が東に動いたかと見ると、その雲はまもなく金峰山にかかり、雨になりました。

  名も吹上の真砂(まさご)の丘に 松吹く風は平和を呼ばい

  金峰(きんぶ)の山は大空高く そびえてわれらの希望をそそる

  慣れ親しんだ小学校の校歌です。

  秋には、学校の伝統行事で金峰山に登り、帰りには大坂の伝統行事である大坂相撲を見ました。新年にも金峰山神社へのお参りに登山しました。今でこそ山頂付近まで車で行けますが、当時は道に迷うほど心細い山道でした。

  校歌には、堀川が歌い込まれていなかったので、2級河川のこの川の名を知ったのは大人になってからでした。それでもこの川で魚釣りをしましたし、水遊びもしました。豊かな実りをもたらす和田と田布施の水田とを潤してきたのはこの川です。

  11月15日、校区公民館の主催で、元養母集落内の神社・田の神・井堰・ハウス園芸農家を巡る催しがあり、他に重なる行事がなかったので参加しました。地元の小学生が3名参加して、目標をたどる道々、集落内の小学生の家を紹介してくれました。よく知っているな、詳しいなと少しうれしい気持ちになりました。

  その前日には、田代地区の催しで重平山登山があました。集落内放送もありましたので校区みなさんがご存じだったと思います。私は行事が重なり、残念ながらこの山の初登頂を果たせませんでした。主催者に伺ってみると、行事が重なって参加者が少なかったと言うことでした。次の日、全校朝会で登山者を確認したところだだの3人だけでした。ある種の不安が胸をよぎりました。その後も子どもたちと話をしてみて私は愕然としました。下級生はおろか上級生までも重平山を知らないし、登ったことがないと言うではありませんか。「仰ぐ重平、大峰(うね)ヶ原」と校歌でうたっているのは何だったのかと全く寂しくなりました。確かに小学校からは重平山は仰げません。

校区の背後にそびえる山ですので、南向きの住まいからは毎日眺めて過ごすというのは無理でしょう。この山が本当によく見えるのは妙円寺小学校の校舎裏からです。なるほどいい山だと思います。中学校の校歌に歌われている中岳に至っては、その認知度はおして知るべしです。

  しかし、校歌で歌いつがれている以上、知らないではすまされないと言うのが正直な気持ちです。市町村合併により、この山が日置市で一番高い山となりました。やはり心のよりどころとして大事にしてほしいと思います。

  本校では、春の遠足では校区内を探索し、お別れ遠足では高山小学校まで往復し、5年生の宿泊学習では、郷戸、尾木場も活動の場所にしています。郷土学習には十分配慮してあるつもりでいます。そんなわけで校区内を流れる3つ河川にも十分親しませているわけですが、川の名前はというと、答えが返ってきません。川の名前は一般的に河口の地名を取って命名されています。大里川、江口川、八房川、いずれも河口の地名が川の名前になっています。この3つの川の名前も是非頭に入れておいてほしいと願っています。

  重平山の山頂からの眺めですが、樹木が生い茂っていてよくないようです。国有林のために簡単に伐採することができないようですが、登山の醍醐味はなんと言っても頂上からの眺望にあります。そういう意味からも山頂の整備が望まれます。この重平山登山は、校区公民館の年中行事として定着させ、校区民なら誰でも登ったことがあるという山にしてほしいです。

  郷里を離れて40数年。私にとって金峰山は今でも心の中の原風景です。

金峰山の読み方ですが、「きんぶざん」が正しい読み方です。小・中学校の校歌の中でもきんぶざんで、方言ではありません。「きんぽうざん」とよぶようになったのは昭和30年代の町村合併で金峰(きんぽう)町ができてからだと思っています。ちなみに奈良県吉野の金峰山は「きんぶせん」と読ませています。高野山金剛峯寺は(こんごうぶじ)と読んでいます。


■ 鹿児島県広報テレビ番組の紹介
 
11月6日()に実施された本校の5・6年児童と校区寿学級の皆様とのふれあい交流活動(グランドゴルフや湯茶タイム等)の様子が,下の番組にて紹介中です。ぜひ,ご覧ください。

 ○ 番組名:MBC南日本放送 ふるさとかご  しま「かごしまの教育」県民週間 
 ○ インターネット放送 11月23日()から  約1年間MBCのホームーページ


■ 自然の恵みに感謝(11月13日木曜日) 
 6月に1・2年生が植えたさつまいもの収穫を11月6日()に行い,そのさつまいもを使って焼き芋をしました。
 薪は自分たちで校内で集め,さつまいもは一個ずつ丁寧にアルミ箔で包んで準備をしました。
 自分たちで除草を行って世話をした分,味も格別だったようです。上市来の自然の豊かさを感じることです。

■ 上市来の感想は?(11月11日火曜日) 
 1学期は本校児童が海の幸豊かな伊作田小学校を訪問し,1年生児童と交流を行いました。
 2学期は伊作田小の1年児童が本校に交流に来てくれました。久しぶりに会う友達に,少々照れ気味の児童の姿が印象的でした。手をつなぎ本校自慢の「こけけの森」でのドングリや紅葉した葉っぱ拾いはいかがだったでしょうか。
 伊作田小児童の「こんにちは」「よろしくお願いします」と話す礼儀正しさが,特に印象に残りました。また,来てくださいね。再会を楽しみにしています。


■ 心洗われる時間をありがとうございます。(11月9日日曜日)
 「秋の夜長を芸術鑑賞のきっかけに」と,家庭教育学級で音楽鑑賞会が実施されました。幼児から中学生まで,幅の広いピアノ伴奏がありましたが,どの子どもも思いを込めての伴奏が伝わってきました。忙しい日々を忘れて,しばし心休まる思いでした。
 参加者が少しでも興味が高まるようイントロクイズやプレゼントを工夫していただきました。また,野菜やお茶の提供もいただきました。関係の皆様,ありがとうございました。

■ 「自然の循環」ってすごいな!(12月2日火曜日)
 創意の時間を使って,全校で「落ち葉拾い」を実施しました。こけけの森の落ち葉を拾い堆肥場に運び,米ぬかや油かすをまいて約1年間で腐葉土となります。
 児童には「落ち葉が腐葉土となって,ついには土になる」という自然の循環の素晴らしさを学ぶよい機会となっています。また,学校にとっても腐葉土を買わなくてもよく,予算上も大変助かっています。この堆肥が,上市来に春には美しい花を咲かすこととなります。

■ 黄色い絨毯。    
 秋には「銀杏」の恵みをもたらしてくれた,大銀杏の葉が黄色く色付き始めました。もうしばらくすると,落葉し始め児童らはその上に寝ころんだり,両手一杯に集めて大空に向かって投げたりして遊び始めます。

 地域の方々曰く,「自分たちも同じように遊んでいた」とのこと。時代は変わっても,何十年も繰り返される光景です。

■ 大切に使わせていただきます。
 田代集落の福寿会様より,環境緑化に役立 てて欲しいと金一封をいただきました。花の種の購入や鉢の購入等に使わせていただきます。ありがとうございました。


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平成21年1月5日発行・第320号 
 似て非なるもの                                                            長 前

 セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草 新年の松の内がまだ明けない7日、七草の行事がとりおこなわれます。春の七草を入れて七草粥を作って食べるならわしです。七草粥のことを私の郷里では「七とこい(所)のずし(雑炊)」とよび、数え年の7歳になった子どもが、親戚・近所の7軒をもらって回るならわしがありました。このお祝いを迎えたことで、子どもたちはいよいよ自分も小学校入学が近いことを自覚していたように思います。いやむしろ親たちの方にこそ、そういう思いが強かったのかもしれません。まだ世の中が貧しかった昭和20年代の末、七草粥をもらって回った記憶がよみがえります。両親の懸命な働きのおかげで毎日の食事に窮したこともなく、お正月やこのような年中行事は子ども心にも格別のもので、大いに楽しみにしていたように思います。

  七草粥に、春の七草のうちの何を食材として使っていたか、はっきり覚えていません。でもセリのことだけははっきり覚えています。セリの生える場所をよく知っていて、前日には、家の下の沢に下りて、セリ採りをしていました。折りしも小寒(しょうかん)のころで、数は少ないけれどしっかりセリが生育していて、ホテイチクや丈の高い枯れススキが生い茂った水辺の藪では、日光がさえぎられ軟弱なよいセリが採れました。もう少し季節が進むと収穫できる量も増え、セリの白和えを作って、山菜の香りを楽しむことができるようになります。

  ところで春の七草のスズナ、スズシロのことですが、スズナはカブラ()、スズシロはダイコンの古名とあります。

 このカブとダイコン、非常によく似ています。私の育った環境で冬野菜といえば白菜、甘藍(キャベツ)と大根が中心で、カブを栽培していた記憶はありませんし、食べた記憶もありません。唯一の記憶といえば、童話の「大きなカブ」でその存在を知っていた程度のものでした。ですから、サクラジマダイコンみたいなものという程度の認識しかありませんでした。しかし実際に栽培してみると、違いは歴然としています。まず葉の形からして違います。包丁を入れてみても、肉質に違いがありますし、食感にも違いがあります。

 もともとアブラナ科の植物で、似ていることに違いはないのですが、系統的に言うとカブはアブラナ(ナタネ)の変種で、ナタネのようにサヤが割れて種がこぼれますが、ダイコンのサヤは割れません。ここがはっきり違います。ダイコンの花は白または紫ですが、カブの花は黄色で、ここもちがいます。

  最近は、スーパーの店頭でもよくカブを見かけるようになりました。生活の中にとけこんでいないと、なかなか違いが分かりにくいものですが、自分で栽培して、食材として使い始めると、その違いがはっきりと分かるようになります。ダイコンで用が足りることがほとんどでしょうが、ダイコンとは違う食感が、その存在を主張しているように思います。

  上市来の子どもたちは、兄弟に恵まれています。6人兄弟、5人兄弟、4人兄弟、3人兄弟の家庭が他の校区に比べると断然多いと感じます。多人数の兄弟の中で、もまれ、育て、育てられ、素直に育っていると感じています。育った環境が同じですから、兄弟はある面似ているところもあるにはあるのですが、よく見ると、同じではありません。親は同じように育てても、期待したほどには似たように育ちません。それは、生まれた順番が違うからでしょうか。長子には兄ちゃん・姉ちゃんであることを期待しますし、二番目には生まれたときから、年上の手ごわい競争相手が存在します。末子には弟・妹であることを期待し、対応が甘くなるというのが人情でしょう。この格付けの持つ意味は小さくありません。同じように習い事をさせても、下は上のやり方を五感で感じ取り、既によい素地が出来上がっているということもあります。

  家庭の目標は子どもをしっかり育てるというところにありますが、似ていてもそれぞれ立場が違いますし、生まれつきの違いもあります。同じように一生懸命育てる気持ちは大事ですが、うまくいかなくなったとき、違った方法をとるなどの心のゆとりはとても大事です。


■ 人口減少の時代へ
  平成17年、平成19年に続き、平成20年も国の人口の自然減の年になる見通しになったということです。これからますますこの傾向は進むと思われます。
  わが上市来小学校区でも、入学生の数が年々減少し、平成25年度には複式学級が誕生する見込みです。日置市に小学校が20校ありますが、この半数が複式学級を持つ学校になる年がもうすぐ近くまで来ています。  小学校区単独で中学校を持つ上市来校区としては、このような状況を手をこまねいて傍観するわけには行かないと考えています。ことは危急を要します。これまで、このような対策として、山村留学の取り組みもしてみましたが、これは、その場しのぎののやり方で、根本的な解決にはならないと感じています。今こそ、PTA、校区公民館一丸となって取り組むべき大きな課題と思っています。


■ 待ち遠しい春。(12月3日水曜日)
 種から育てた花の苗を心を込めて植えました。この花が咲き乱れる頃は,6年生の卒業式,修了式,そして入学式の頃となります。
 冷たい毎日が続きますが,花の世話を毎日頑張って,春の訪れを待ちたいと思います。


■ アイディア満載。(12月4日木曜日)
 
2年生が生活科の学習の発表を「生活科フェスティバル」と称して実施しました。
 的当てゲームや魚釣りコーナー,ドングリで作った作品のプレゼント等,いろんなアイディアで参加者の笑顔を誘っていました。
 お忙しい中に保護者の方々の参加もいただきました。ありがとうございました。


■ 先輩から後輩へ(12月上旬~中旬)
 昨年度の6年生が早朝や昼休みのボランティアで清掃していたのを心に止めていた現6年生もボランティアを始めました。
 掃いても掃いても落ちて来る銀杏ですが,毎年繰り広げられる光景です。最上級生としての責任と誇りをもつ,よい機会となっています。


■ 心を耕す(12月11日木曜日)
 5年生の児童が秋光苑の高齢者の方とのふれあい活動を実施しました。この学習は,総合的な学習の時間の「上市来なかよし大作戦(全24時間)」の一環です。ふれあいを継続するために自分たちも楽しみながら触れあうことの大切さを学んだようです。帰校後に,交流の感想をキラキラした目で話す児童の姿が印象的でした。

■ 声掛けをお願いします。
 朝の交通指導を毎月1回,PTA生徒指導部員の皆様にしていただいています。お忙しい中,ありがとうございます。交通指導をする中,気付いたことが学校に寄せられました。
 ○ 数人ポケットに手を入れて歩いていました。声掛けすると,すぐに対応してくれました。
 ○ 学校下での児童の送迎は危険です。交通量の多い場所で「危うく事故に!」と思うことがありました。決められた場所(体育館前駐車場)での送迎をお願いいたします。 


■ 今年もよろしくお願いいたします。
 明けまして,おめでとうございます。保護者,地域の皆様には,前年は大変お世話になりありがとうございました。
 今年は,丑年。牛歩のごとくではありませんが,全職員力を合わせて,児童に確かな学力と豊かな心,たくましい力が身に付くよう,児童一人一人に応じた教育活動を確かに実践して参ります。
 今年も,学校経営に対する御理解と御協力をお願い申し上げます。

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平成21年2月13日発行・第321号 

 命を守る食と農   

                                                        長 前

  40数年前、学生街には気軽に出入りできる飲食店が身近にありました。一品料理のメニューは当然として、そこには定食というメニューがありました。それまでは全く気づきもしなかったのに、この街で一人で生活をしていくのには避けて通れないメニューでした。あの頃覚えた定食という言葉に、和食のすばらしさをしみじみと思うのです。

  ご飯とみそ汁と主菜、副菜。これが毎日の私たちの食事の型ですが、今の朝食定食をみるとさらに品数が多くなり、量的にはわずかにすぎないのに味付けのり、半熟卵、漬け物などがついてきます。このような食事が続いていたなら、我々の食事が今ほど問題にはならなかったはずです。この国の伝統的な毎日の食事は、このように品数が多くたくさんの食材が使われていました。一度の食事で多くの食材を食べることは、人間の健康や、脳や心の働きにとってきわめて大事なことで、すでに科学的に証明済みのことです。

  日本人が米を食べなくなっています。一番身近でできる穀物です。それを食べないで遠い国からしか調達できない主食が好まれています。米はたくさん余っているのにです。

  日本人がご飯を食べない。ご飯を食べないから梅干しを食べない。梅干しほどご飯にあう食品があるでしょうか。漬け物もたべない。日本の食文化はこうして崩壊しつつあります。梅干しは素晴らしい保存食品であり、日本人がつくりだした素晴らしい食品だと認識しています。

  財力にまかせて、食料を外国に頼った結果どういう結果になったか、枚挙にいとまがありません。そのために健康を害しているのです。

  労をいとってはいけません。スーパーの惣菜が便利だからといって毎日それに頼っていると、好ましい食生活ばかりか、家庭そのものを崩壊させてしまうのです。家族がそれぞれ好きなものを食べ、好きな時に食べるという姿には、家庭の持つ暖かさ、団結など全く見えてきません。昨年本校に来校しご講演くださった千葉しのぶ先生は、食事を作るのが大変だと、子どもの前で決して言わないでほしいと、強く言われました。毎日の生活の中で何が楽しみかというと、三度の食事がいつもおいしいこと。それを楽しみにしているのです。学校の生活の中で何が一番好きですかと問われた子どもが、給食時間と答えるのを笑えますか。給食がおいしいからだし、よく勉強するからだし、なにより健康な証拠です。食事は家族みんなが楽しみにしているのです。決して作るのが大変だと言わないで、手伝わせて一緒に作りましょう。

  農村にすんでいると、毎日の食事の材料となる野菜を作るほどの土地はあるでしょう。住宅の庭先でできる採り立ての野菜を使って作る食事ほど、新鮮なものはありません。庭先でいつも目は届くし、手入れもしやすいし、安全なのです。今一番問われているのは食の安全ということす。

  野菜のもとはといえば、野草でした。私たちは、今でも野草を食べています。ツワブキ、ミツバ、セリ、ヨモギ。春先の軟らかい野草は独特の香りとくせがあって、おいしいものです。そういったものが栽培されるようになり、品種改良をなされて、今の野菜があります。その野菜も半世紀前の野菜とはちがいます。食べやすい、くせのないものに成り下がっています。昔のにんじんはくせが強くて、子どもたちはきらいでした。ピーマンが普及し始めた頃は、辛くてなかなか好きになれませんでした。今では、漬けたてのタカナの辛みも消えてしまいました。野菜は、あまりにもそのくせを失うと、存在価値が薄れます。私たちは野菜の色もですが、そのくせを楽しんでいる向きがあります。庭先でとれた野菜には、新鮮さとともに野菜のくせが店先のものより多く残されています。庭先の野菜を大事にしましょう。腐葉土をたっぷりすき込み、ミネラルをたっぷり含んだ土で育てましょう。そうした野菜は、丈夫です。

  買ったものが、あるいは売っているものが、よい品物とは限りません。今庭先に生きている野菜こそ、極上の野菜です。あとは調理の腕次第です。季節を感じさせ、心豊かな気持ちにさせてくれるものは、私たちの足下にあふれているのです。今大事なのは、そんなふうに思うことができる私たち自身の心ではないでしょうか。

  まだありました。お箸の持ち方がすっかり下手になりました。ナイフやフォークの持ち方がおかしいのは、恥ではありません。でもお箸の持ち方がおかしいのは、恥と考えたいです。なぜなら、私たちは日本人のはずですから。そこのところをまちがえるといけません。もう四半世紀前から、子どもたちのお箸の持ち方がおかしいと気づいていました。正しいお箸の持ち方も、日本の食文化のうちです。お箸の持ち方は、きわめてよく考えられていて、米1粒でも挟めるようになっています。今一度お箸の持ち方を点検してみましょう。

 

■ 雑巾を下の皆様から寄贈していただきました。丁度,校内の雑巾が不足している時期で大変助かりました。水の冷たい時期ではありますが,御厚意に応えるべく清掃作業を教児で頑張ります。ありがとうございました。
     ○ 北山高齢者クラブ 様     ○ 衣料百科まえぞの 様


■ 御協力,ありがとうございました。
             (1月
10日土曜日)
 雪,あられも混じる大変寒い中,小・中合同資源回収への御協力ありがとうございました。
 今回初めてペットボトルの回収も実施しましたが,いかがだったでしょうか。御意見等ありましたら,お知らせいただければと思います。

 本年度は小学校が担当校でしたが,不慣れなこともあり児童生徒のいない集落の回収の在り方等,集落の皆様には御迷惑をおかけいたしました。 次年度の第1回資源回収は5月16日(土)を予定しております。次年度も変わらぬ御理解と御協力をお願いいたします。


■ なかなかの腕前(1月31日土曜日)
 小・中合同子育てセミナーによる,料理教室を市の食生活推進委員の皆様の御協力をいただき実施しました。
 メニューは「ポ・ト・フ」,「えのきのサット煮」,「野菜と白身魚の中華風サラダ」でした。余り台所に立つ機会の少ない父親の方も,料理の楽しさや普段料理を作る方への感謝の気持ちをもつことでした。
 講師の先生からの「メタボ,メタボという言葉だけが先行していませんか」や「食べ物を30回咀嚼していますか」が心に残りました。健康を維持するためにも,日常の摂取カロリーや食事の取り方,運動についてよく考えてきたいと思います。 


■ 弱い心を追い出す(2月3日火曜日)
 児童会主催で豆まき集会が実施されました。 ねらいの一つとして,「自分の心の弱い鬼を追い出す」ことがあります。
 児童のそれぞれが書いたカードを見ると,「朝寝坊の鬼を追い出したい」や「宿題の前にゲームをしてしまう鬼を追い出したい」等,様々な思いがありました。
 弱い心を克服し,強い心をもって自分の課題を乗り越えて欲しいと願うことでした。


■ 記録更新を目指して・・・(2月5日木曜日)
 冬場の心身の鍛練として早朝の自主練習や体育の授業の中で持久走の練習をしてきました。その成果の発表として,児童一人一人が自己タイムの記録更新を目指して校内持久走会を実施しました。
 保護者の皆様や他学年の児童の声援もあり,練習の成果を十分に発揮していました。困難に負けない粘り強い精神を養う,よい機会ともなりました。


■ 陶芸のよさを味わう(2月6日金曜日)
 地域に根ざす学校づくり事業の一環として5・6年生を対象に陶芸教室が実施されました。講師としてスクールガードとしても御尽力いただいております「ふみ工房」の久保文男さんをお招きしました。
 湯飲み茶碗や御飯茶碗等,粘土をこねては形を作り,思い通りに行かないとやり直して丁寧に作っていました。焼き上がりが楽しみです。 


■ 児童生徒の登下校時の安全確保
 2月9日月曜日に本校区内で不審者情報がありました。再度,児童の安全を確保するため,「いかのおすし」を確認しましょう。
○ 「いか」・・・いかない
○ 「」・・・らない
○ 「」・・・きな声で叫ぶ
○ 「」・・・ぐ逃げる
○ 「」・・・らせる

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平成21年3月13日発行・第322号 

        創立記念駅伝競走大会を振り返って     

                                                        長 前  

 上市来小学校創立記念行事として毎年開催している駅伝大会が、今年も無事終了しました。

  この記念行事には雨天順延がなく、雨天の場合は中止となっています。卒業を間近に控えた6年生は是非ともこの大会をやりたいようで、それだけに雨の予報がでていても簡単に取りやめるわけにはいかない事情があります。昨年も雨がつきまとい、直前まで大いに迷いました。今年は昨年ほどのことはありませんでしたが、予報通りに天気が回復せずに、気苦労が絶えませんでした。しかし天の恵みか少々寒くはありましたが、寒風の中を子どもたちは元気に走り抜き、134回目の創立記念日に花を添えました。

  この大会、以前は校区一周というタイトルもついていましたが、平成18年秋に樋ノ口橋入り口から、五反田橋まで県道の改修工事が始まったのを機に、現在のコースに移しました。小字(こあざ)でいうと、荻八枝、荻新田、鹿尾を周回するコースです。当初は18年限定で、また元のコースに戻す考えでしたが、道路改修工事が中断して、従来のコースに戻せなかったことと、新しいコースが意外に評判がよかったことで、今後もこのコースでやりたいと考えています。

  このコースのよさを具体的にあげると次のようなことになります。

① 何よりも安全なコースです。競技中には、車の乗り入れを遠慮してもらうことができます。

② 周回コースのため何度も応援できます。今回はこのコースを4周する競走でしたので、同じ場所で最大8回応援ができました。ランナーが通過するたびに順位が入れ替わっているおもしろさもあります。

③ 学校行事ですので、できるだけ学校職員だけで対応できる範囲に収めたいと考え ています。コース途中の監視員を、応援に来られる予定の保護者に依頼はしましたが、これは走者の安全を考えた場合、やむを得ないことだと思います。

④ このコースの西半分からは上市来小学校がよく見えます。重平山も西端から望めます。実によい風景です。学校全体を違った角度から眺めるよい機会にもなります。

 学校の創立記念日は2月27日です。3月に入ると田んぼに続く南西側の畑に、ピンク色の広がりが出現します。北山集落の北山さんが栽培されているハナモモ園です。かなり広い面積ですので、学校下の県道からも見ることができます。少し時期を遅らせてこのハナモモを眺めながら走る、ハナモモ駅伝というのもおもしろいなと思います。今年は是非このモモの花を観賞してください。

  さて学校創立のことに話をすすめます。明治9年(1876)のこの日にスタートしています。明治9年の次の年、明治10年には西郷郡と新政府軍が戦った西南戦争がおきています。西南戦争の激戦地熊本の田原坂には、毎年6年生が修学旅行で訪れます。

この激戦地が整備されて現在では公園になっており、最近ここに大きな戦没者の碑が設置されました。戦没者の名を詳しくたどっていくと、日置郡出身の人の名もいくつか見つけることができます。なぜこのような話になったかというと、学校の沿革史(楠生恭二著)の中に明治10年、この学校の先生4名がこの戦争に従軍し、学校は授業を中止したと書かれているからです。6年生は修学旅行で田原坂を見学しますので、是非このことを覚えておいて、創立当時の困難を思い出してほしいと願っています。

  ともあれ余寒きびしいこの時期に、欠場者を最小限にくいとめることができ、元気いっぱいの走りを見せてくれた子どもたちに大きな拍手を送りたいと思います。走ることはあらゆるスポーツの基本です。車社会にひたり、歩くことが少なくなった今こそ、走ることの価値を改めて見直し、頑強な体づくりにつとめてほしいと願ってやみません。


■ 134年の伝統を受け継ぐ(2月20日金曜日) 
 今年も全校児童73名を6班に分け,短い区間で550メートル(主に1年生),長い区間で1119メートル(主に6年生)の創立記念駅伝競走が実施されました。

 見晴らしのいいコースには,たくさんの保護者や祖父母,地域の方々の声援が飛び交いました。児童の力走への励ましとなりました。寒い中での開催でしたが,御声援,ありがとうございました。


■ 入学を心待ちにしています(2月12日木曜日)
 平成21年度入学予定の新入生の標準服採寸と体験入学が実施されました。キラキラと輝く目で好奇心一杯に活動する姿に,新1年生への期待が大きく膨らみました。皆さんの入学を,心待ちにしています。


■ 学ぶ喜び・分かる喜び(2月20日金曜日)
 本年度最後の授業参観が実施されました。先生のお話を熱心に聞き取ろうとする姿や体を通して分かった喜びを見せる姿が多くありました。子どもさんの学びの姿はいかがだったでしょうか。
学校で学んだことを家庭でも復習してより強固なものにすることを,各家庭でも実践されていることと思います。今後とも児童に確かな学力が身に付くよう,学校も御家庭と一緒になって努めて参りたいと思います。


■ 芽生える自覚(2月20日金曜日)
 4年生の半成人式が実施されました。保護者の皆様方全員出席のもと,一人一人の児童が将来の夢や保護者への感謝の気持ちを発表しました。
 「将来は○○の仕事について,お父さん・お母さんを楽にしてあげたい」や「お父さん・お母さん,育ててくれてありがとう」等の発表を真剣にする児童の姿にも感動的でしたが,それをじっと聞き入る保護者の姿も感動的でした。親子で心を耕すよい機会となりました。


■ 熟練の技(2月25日水曜日)
 1年生の生活科の一環として「伝承遊びにチャレンジしよう」が実施されました。コマ回しやだるま落とし,おはじき等,慣れない手つきの児童へ祖父母の方々が先生役として教えてくださいました。
 経験の少ない児童にとって,技を学ぶ絶好の機会となりました。児童らは教えを請いながら,「なるほど」や「同じようにやっても上手くいかないのは何故かな」等の声を上げていました。たくさん練習して,祖父母の方々に少しでも近付いてもらえばと願うことです。
 たくさんの祖父母の方々に御協力いただきました。ありがとうございました。


■ 寂しさを胸に・・・(3月6日金曜日)
 6年生の卒業を心から祝福することや,一年間一緒に過ごした先生方や友達と楽しく過ごすこと等を目的に,お別れ遠足が高山地区交流センターで実施されました。
 学校から高山交流センターまでの道のり5.2㎞は徒歩となりますが,交通の安全を期して6年生が1年生と手をつないで歩きました。頼りになる6年生に,1年生は大喜びの様子でした。
 自由行動等の後には,午後から6年生を送る会を実施しました。どの学年からも,6年生に対して感謝の気持ちや別れを惜しむ気持ちが出されました。6年生は下級生の思いを受けて,益々中学校でも活躍してくれることを願うことです。
 高山交流センターの皆様には今年もます釣りのイベントを開催していただいたり,素晴らしい施設を提供していただきました。感謝申し上げます。


■ 笑いあり,感動あり(3月8日日曜日)
 子育てセミナー主催のミニバレーボール大会が学年対抗で開催されました。
 どの学年もチームワークがよく,名プレーや珍プレーに,大きな声援が起きていました。優勝は2年生,準優勝は1年生という結果となりました。力拮抗の中では,結果は時の運でしょうか。所期の目的の「親睦」は十分に達成されました。平成21年度のPTA活動の充実に向けてのよい機会となりました。関係の皆様の御参加,運営への御協力,ありがとうございました。

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